吉野杉と美吉野醸造

Revival of Yoshino cedar vat

吉野杉桶復活と「百年杉」

地域の歴史文化は、美吉野醸造の酒造りにとって欠かすことのできない大きな要素です。
奈良県吉野郡は、昔から林業の盛んな地域でした。蔵の横を流れる吉野川(紀ノ川)上流にある川上村は、室町時代から500年の植林の歴史を持ち、林業がしっかり根付いた地域です。

吉野杉から生まれた樽

川上村では、林業と共に、酒を造る樽(たる)や桶(おけ)の部材(樽丸)をつくる産業が発達して来ました。樽丸とは樽・桶をつくる側板のことです。

日本酒の運搬の変化

山から切り出した杉は樽丸(側板)に加工され、和歌山まで吉野川を筏(いかだ)で流されたのち、船で西宮・堺へと運ばれていきました。吉野川を下った樽丸は、西宮で樽に、堺では桶へと加工されます。
吉野の樽丸が酒造りに相応しい樽・桶のために用いられたことで、日本酒の大量生産と運搬が可能になり、灘の酒が樽廻船で江戸へと運ばれ灘は酒造りの名醸地として知られるものとなりました。

酒造りに樽や桶が利用される前には、壺などを使用した酒造りが行われ、その重さから持ち運びが困難で、お酒も少量生産で地域消費が中心だったことを考えると、樽や桶が作られたことは、酒造りにとって大きな転換点だったと言えるのではないでしょうか。

吉野杉材の特徴

樽・桶の特徴は、吉野杉の赤身と白身といわれる部分にあります。
側板の断面には、
内側の赤い部分が赤み(木として死んでいる部分・水を吸わない)
外側の白い部分が白身(木として生きている部分・水を吸い上げている。)
二層を見ることができます。
この間には水を通しにくい層である白線帯という部分があります。白線帯が、樽丸の材料として用いられたことで、樽・桶から酒が漏れることを防ぎ、年輪の細かさゆえの密閉性も保たれたのです。
まさにこの吉野の風土と環境が生んだ木材を使った樽・桶という存在が、日本の酒造りを変え、流通を生んだといえるでしょう。 

吉野杉の木桶仕込み、60年ぶりの復活

酒蔵での木桶からホーロータンク(現代主流の容器)への切り替えの要因には戦後の量産時代に安全に大量のお酒を醸造することが求められ、メンテナンスが容易で殺菌が簡単に行えるホーロータンクによる酵母菌添加型の安全醸造が酒造りの常識となりました。
ホーロータンクの酒造りは、いかに簡略化を進めるかが酒造りの技術革新とされ、アルコール発酵を行う酵母菌も多種多様に発見され商品化されています。
そんな時代の中、酵母菌を添加しない山廃仕込みを酒造りの基本方針とし、木桶を復活させようとしている美吉野醸造の酒造りは、常識とは正反対の事をしている事になります。

蔵内を探すと屋根裏に追いやられた木桶がありました。かつては、さぞかしよい酒を醸していたと思われる古びた杉桶がいまでも数本残っています。

吉野杉桶の酒「百年杉」

吉野杉桶から出来た酒は穏やかな立ち香で、含み香に強すぎず少なすぎない上品な木香が感じられ、色も全然赤くなりませんでした。吉野杉の「淡い桜色」と「穏やかな香り」の両方の特徴がマッチしたと思われます。 赤味の色合いが淡い桜色。これぞ吉野杉。

百年杉の出来るまで

酒造りの流れ
洗米 → 蒸し → 麹づくり → 酒母づくり → もろみ造り → 搾り → 加熱処理 → 瓶詰 → 出荷 

米と水

 純米酒の原材料はとてもシンプルで「米」と「水」で出来ております。シンプルだからこそ原材料の良し悪しがお酒の出来に大きく影響されます。 今回の木桶仕込みでは、とことん地酒にこだわりました。 お米は酒米の王様と言われる「山田錦」(※使用する原料米は年度により異なります。)を奈良県の米農家さんに契約栽培で丹精込めて作っていただき、仕込み水には吉野大峰山系の伏流水とされる美吉野醸造の井戸水を使用しております。

仕込み

次に麹と水と蒸米を混ぜ合わせて酒母をつくりますが、現代主流の酒母は乳酸・酵母菌を添加してつくる速醸と言われる製法ですが、今回はあえて乳酸・酵母菌を添加せずに蔵に住み着きの菌で育てる山廃仕込みを行いました。
山廃仕込みは日数が通常の3倍かかりますが、自然淘汰で適性のある酵母菌だけを育てる事ができ、古くから用いられてきた酒造りの製法ですので木桶で酒造りを行っていた時代には、こうした醸造法が主流だったはずです。

もろみ

いよいよ、木桶に山廃仕込みで造った酒母を移し、3回に分けて麹と水と蒸米を倍々に増やしてゆく三段仕込みを行って「もろみ」を造ります。
今回の木桶は小型のものですが満量で1200リットルも入りますので、非常に時間と体力が必要な作業です。この作業が、ホーロータンクの場合には必要なく作業の短縮となります。こういった大変な部分もありますが、木桶ならではのメリットもありました。

木桶の湯ぶり:木桶の場合は、湯ぶりという事前の殺菌が必要です。米を蒸す大釜で湯を沸かし、数人で湯をバケツリレーの要領で汲み入れてしばらく熱湯殺菌を行います。(写真は湯ぶりの様子です。木桶から湯気が立っています。)

温度管理

酒造りのもろみの工程では、温度管理が主な操作となります。
酵母菌による発酵と麹菌がつくった酵素による米のでんぷん糖化を同時にかつバランスよく進めるためです。
防腐剤を使用しない酒造りは、従来「寒仕込み」と言われ寒くなる晩秋から春先までの期間に行うことで雑菌防止・発酵による発酵熱の冷却などが行いやすいためといえます。
しかしながら、冷え込みの激しい年においては、仕込み中期の温度を上げたい時期に困難を要します。
ホーロータンクは熱伝導率が高く、外気温の影響が受けやすい性質があります。冷え込みが続くともろみ温度の低下が生じますので、ホーロータンクでの製造の際には、保温マット・あんか(伝熱装置)といった保温道具を用意する必要がありました。

木桶においては、もろみ初期・中期ともに保温マットを巻く必要がありません。外気温の高低による影響が少なく、品温の上昇と保温効果が実感できました。 
今回の仕込みでは、山廃仕込みによる個性的なお酒に仕上げる事を前提として温度経過を考えたため、もろみ中期の温度を極力上げる必要がありました。木桶は、特に気温の低い時期には非常に造りやすい容器であり、まさに微生物が健全に育つための木の家だと感じました。

完成

ゆっくりと発酵が進み、出来上がった山廃仕込み純米酒が「百年杉 木桶仕込み」です。
山廃仕込みならではの酸のしっかりとした力強い酒ながら、穏やかな吉野杉の香りに包まれた優しい口当たりも持ち合わせており、木桶仕込みのナチュラルな味わいを表現できたと思います。
さらに熟成が進むにつれ円熟してゆきますので、年数と共にワインのような楽しみ方をしていただきたいと思います。
来年度への心地よいプレッシャーのなか、吉野杉の木桶仕込み、60年ぶりの復活に感無量です。